残して伝える
問題の二重構造
社会の発展と継続には多くの人達の多様な経験と深い知恵を後世に残して伝えることが必要です。様々なディジタル機器があらゆる分野で使われている現代においてもこれは全く変わりありません。しかしこれらディジタル機器は色々なことをするのに便利ではありますが、これらにより作られる記録はこの残して伝えることに関して大きな課題を抱えています。この問題は二重構造になっていて、ディジタル記録自体があまり長寿命でないことと、そのディジタル記録のデータ書式が短期間に変わることが重なっています。
こうしたことはディジタル機器に限らずエレクトロニクス記録再生機器では繰り返されてきています。皆さんのお手元に残っている一世を風靡したVHSテープもそれを再生する機器がやがて存在しなくなると予想されますし、音声用のオープンリールテープもカセットテープも同じ運命を辿るでしょう。こうなると記録は磁気記録として残っているが再生出来ないことになり失われているも同然となります。こうしたことはエレクトロニクス記録再生機器がディジタルになって従来よりも加速されています。
ボーン・デジタルの苦しみ
紙に書かれるか印刷された文書/資料/書物はこうした深刻な問題に今迄は酸性紙問題を除けばあまり直面してきませんでした。それはこれらのものがある程度の環境で仕舞われていても捨てさえしなければかなり長く保存され、それを読むのに特別な機材は必要なかったからです。
しかし現在はワープロやプレゼン用ソフトやCADシステムの普及により何らかの知的活動/作業で作られるものが直接ディジタル(ボーンディジタル)記録となり、全て何らかの積極的な手段を用いないと読み出すことが出来ず失われたと同じ状況になってしまいます。つまり記録としては何らかの物理量(磁気、電荷、ピットの形状)の変化として確かに残っているのですが、それを読み出して使えないと言う事態に直面しつつあります。今やカメラの主流になりフィルムカメラを根絶に近い状況迄追いやったディジタルカメラも、ディジタルビデオカメラも、IC(ボイス)レコーダーも同じことになるのは明らかです。このままですと多様な経験と深い知恵を後世に残して伝えることが出来なくなり、これがどれだけ大変なことであるかは起きてから痛感することになります。
後世のために~今何を成すべきか?
このディジタル記録を恒久的に残すことは今では技術的に不可能ではありません。それは既に十分に可能になっていますが、既存ディジタル記録機器メーカの製品寿命の短い製品(ハードディスク、磁気テープ、磁気テープドライブ)を消耗品として売り続けると言う商業戦略と適合しないためにあまり広く知られていないだけです。ただしディジタル記録の場合においてディジタル記録を恒久的に残すだけでなく、それらを後世に常に読み出して使えるデータ書式に処理しておいて記録を残すことも必要です。
それはディジタル記録は物理的に言えば0か1の羅列となる記録であり、この羅列が何を意味しているかを確定させておくことに相当する処理です。簡単に言えばWebブラウザでよく出会う文字化けに相当する事態を絶対に避ける様にすることです。これはこれからも長期的に使われ続けるファイル形式にデータを変換しておくことで、それは文書、写真類をPDFかJPEGファイルにしておくことが現時点では最も適切な判断です。これはちょうど、中世ヨーロッパで多くの地域に通用したラテン語を使う様なもので、これらが国際規格となっていてかつ既にかなり広く使われているからです。例えば、ニュートンの有名な「自然哲学の数学的諸原理(1687年)」は英語ではなく当時の学術用国際共通語であったラテン語で書かれています。
一般に文字データだけからなる文書ファイルをこのPDFかJPEGファイルにするとファイル容量がかなり増えますが、もはやそれは記録デバイスと通信ネットワークの高速化によりあまり問題にならなくなりつつあり、これからはこの安定して読み出して使えるメリットを考えればほとんど留意する必要もなくなると考えられています。

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